舌癌患者が語る音声講座(第2部)

 第2部では、言葉を話すのに必要な筋肉の話と、それにまつわる種々の機能障害やリハビリ法などについて、筆者の経験を交えてお話します。

 生活の質を上げるための必要最小限の知識として、活用していただきたいと思います。 

 

舌の切除範囲と呼称

 舌癌はほとんどが舌側面に発生するので,癌の大きさによる違いはありますが,似たような切除術が取られています。下図に種々の切除事例を示しました。上の段は、部分摘出術を、下の段は、全摘出術の場合です。

図1 患部と摘出範囲
図1 患部と摘出範囲

                                          発音に必要な筋肉

図2 頭頸部の断面
図2 頭頸部の断面

右図は、 前回(第1部)お見せした頭頸部の断面図です。            

唇・歯・舌・硬口蓋・軟口蓋・鼻腔・声帯が言語音を作るのに、重要な働きをしていることは、前回にお話しました。

 ところで、舌の動きを理解するには、口腔・舌周辺の筋肉について基本的な知識を持っていることが必要です。

 そこで図1と図2に概略的な解剖図を図示しました。

 図3 口腔の正面図とその断面図 

 図4 種々の切り口から見た断面図

 図3-Aで、舌の姿が見える範囲までが可動域で、その奥が舌根(図3-Bの14)です。

 舌根は発音と嚥下に関わる重要な部位ですが、舌亜全摘では舌根の一部が切除され、「カ行」が発音しにくくなります。

 軟口蓋は、鼻腔への入り口を塞いだり開いたりして、発声と嚥下のコントロールに重要な働きをしています。

 それを動かすための種々の筋肉を総称して、口蓋筋と呼んでいます。

 図3と図4では、オトガイ舌筋(図3の23)(図4の14)と口輪筋(図4の8)が注目点ですが、後述します。

 

内舌筋と外舌筋

図5 内舌筋の構造(模式図)
図5 内舌筋の構造(模式図)

 舌を動かす筋肉(舌筋)には、内舌筋外舌筋があります。

 右図は内舌筋の断面です。

 内舌筋は舌の内部にあって、舌周辺の骨と接続していない筋肉の総称です。上・下縦舌筋横舌筋垂直舌筋がありますが、お互いに複雑に絡み合っています。

 内舌筋は舌を厚さ方向や横方向に広げたり、舌表面をうねらせたりする筋肉で、舌の形状を自分自身で変形させる筋肉です。

図6 外舌筋の構造(模式図)
図6 外舌筋の構造(模式図)

 

 上図は、外舌筋の模式図です。

 外舌筋は舌周辺の骨と接続していて、舌を外部から全体的に変形させる筋肉の総称です。舌の位置を変える筋肉です。

 外舌筋には、オトガイ舌筋舌骨舌筋茎突舌筋があります。

 オトガイ舌筋は、下顎骨に接続していて、舌を前方に突き出す働きをしています。舌骨舌筋は、舌骨に接続していて、舌を下方に引っ張る働きをしています。茎突舌筋は、側頭骨の茎状突起に接続していて、舌を後方に引っ張る働きをしています。

 たとえば「タ」と発音しようとして、舌先を上顎の歯茎に接触させるには、外舌筋のオトガイ舌筋を収縮させて、舌全体を前方に突き出します。 それと同時に内舌筋について前部の横舌筋を収縮させ、後部の垂直舌筋と上縦舌筋を収縮させます。舌全体の体積は変わらないので、舌先を挙上させることが出来ます。

(筋肉というのは、自分で伸びることはなく、収縮することしか出来ません!)

 何か一つの言語音を構音するときには、舌の形状を大きく変形させる必要がありますが、その役目を外舌筋と内舌筋が担っています。

 そのため舌癌患者が舌切除術を受けたとき、どの筋肉を切除したかということが、その後の発音のレベルを決定付けます。

 前回(第1部)述べたように、イ列音や拗音やタ行・ナ行・ラ行などを発音するときには、舌先を硬口蓋や歯茎に接近させる必要があります。

 ところが舌切除者は患部側のオトガイ舌筋を切除してしまうことが多いので、舌先を前方に伸ばすことが難しくなります。

 さらに舌先自体を切除した人は、このような舌の動きは実現できなくなり、これら言語音の構音に致命的となります。筆者のように、舌先を失ってしまうと、重度の発音障害を起こすことになります。

 舌切除者は食後、口腔内に食べかすが沢山残ります。特に食べかすが口腔前庭(図1の1)に残りやすいので要注意です。これは、舌先が前方に充分伸びないからです。また頬の内壁や舌表面には食べかすがこびりついて、中々取れません。これは健常者のように舌を自由に動かせないためです。

 この傾向の強い人は、口腔洗浄器(ジェット水流で洗浄する)を使うと効果があります。 筆者も使っています。

 なお、 通常は舌を切除した後の空白部分を補填するために、皮弁を移植する再建術が施されます。

 しかし、皮弁というのは「血管の通っている皮膚・皮下組織・深部組織」のことで、筋肉ではありません。しかも再建術では血管をつないでいるだけで、神経はつなげていないので意識的に動かせません。

ですから、再建した皮弁は知覚もないし、動かしたり、変形させたりすることは出来ません。単なる肉塊に過ぎません。舌のように変形させて、発音に寄与するという働きは全くありません。

 また、下顎を正中(顔の正面)で切開した人は、唇を切開した部分の術後の浮腫や硬結によって、下唇の動きが悪くなります。

 この改善には、口輪筋(図2の8)を強化するリハビリが有効です。

 筆者は、専用器具を使って2ヶ月間のリハビリをしました。その結果、マ行やパ行などの両唇音の発音が改善されました。

 

 

唾液の出る所(唾液腺)

図7 唾液腺
図7 唾液腺

 手術後や放射線照射後に、唾液が出にくくなって、口腔乾燥症になる人がかなり居ます。逆に唾液が口腔内に貯留して、しゃべりにくくなる人も居ます。唾液に関して種々の障害が出ることが多いのです。

 唾液は食べる事・しゃべる事・口腔内の衛生保持・ノドの乾燥防止などに重要な働きをしています。

 図7に唾液の出所(唾液腺)の位置を示しましたが、耳下腺顎下腺舌下腺が夫々顔の両側にあります。

 耳下腺は頬粘膜に唾液を出します。顎下腺と舌下腺からの唾液は舌下面の舌下小丘から出ます。唾液量は1日1.5~5リットルもあります。

 舌がないと、口の中に唾液が貯留します。健常者では、舌を使って無意識のうちに自然と唾液を飲込み込んでいるのですが、舌切除者ではその機能が大幅に低下します。

しかし、舌切除者の唾液の貯留量は、経年で少しずつ改善して来ます。

 逆に唾液量が少なくなって、口腔乾燥症に悩む人も居ます。口腔乾燥症を抜本的に治す方法はまだありませんが、種々の対症療法が考えられています。(対症療法については、稿を改めて述べます。)

 ただ口腔乾燥も経年で少しずつ改善するのが通例です。

 

誤嚥の問題 

 舌切除者は、術後しばらくの間は水などの液状物を飲むと、誤嚥を生じて「むせる」ことが多くなります。そこで、誤嚥の生じ方を説明しておきます。

 入院中にVF検査を受けますが、これは誤嚥の可能性をチェックする検査です。通常VF検査では低粘度の造影剤を飲込み、その時の嚥下状態をレントゲン映像で見て判断されています。

 誤嚥を起こすと、誤嚥性肺炎を引き起こすので十分な注意が必要です。

<嚥下前誤嚥>

図8 嚥下前誤嚥
図8 嚥下前誤嚥

 嚥下前誤嚥は、咽頭期初期の反射運動が引き起こされる前に喉頭内に造影剤が侵入し、気管側に流入する現象のことです。

 その時のレントゲン画像と、それをトレースした図を右図に示しました。赤いで示した箇所が、気管内に侵入した造影剤です。

 嚥下前誤嚥は舌の運動障害によって、口腔内に造影剤を保持できない上に、反射運動の遅れや消失が原因で起こります。

 舌の片側が切除されている舌癌患者では、口腔内に造影剤を保持できず、造影剤が勝手に舌根側に流れ込んでしまいます。このため、反射運動と連動せず誤嚥が生じます。手術後しばらくは、こうした現象が生じやすくなります。

<嚥下中誤嚥>

図9 嚥下中誤嚥
図9 嚥下中誤嚥

 これは嚥下運動中に喉頭閉鎖が不十分なことから、造影剤の一部が咽頭内に侵入し、気管内に流れ込む現象のことです。

 赤いで示した箇所が気管内に侵入した造影剤です。

 喉頭挙上の遅れや挙上不足などが原因で起こる現象です。

 水を飲んだときに、よく経験しますが、粘性の高い食塊(ご飯など)では起きにくい現象です。退院後自宅でお茶を飲もうとして、誤嚥し1週間入院したという人もいますので、退院後でも十分気を付ける必要があります。

<嚥下後誤嚥>

図10 嚥下後誤嚥
図10 嚥下後誤嚥

 これは嚥下運動終了後も造影剤の一部が喉頭部に残渣として残り、吸気が後続されたときに、その残渣が引き込まれて生じる誤嚥です。咽頭から食道への送り込み能力が何らかの原因で低下することが原因とされています。

 赤いで示した箇所が気管内に侵入した造影剤です。

 

 これらの誤嚥が生じる原因は、食塊(造影剤)を舌根部から食道へ送る機構が複雑なことにあると考えられます。

 しかし多くの場合、入院中に適切な嚥下指導を受ければ、誤嚥の問題は、入院中か退院後に咽頭部・喉頭部周辺の筋肉の腫れが引くにつれて、改善されて行きます。

 舌切除者にとって、より深刻な問題は誤嚥の問題よりも、「咀嚼と嚥下の問題」です。これは退院後にも後遺症となって長い期間残ります。

①一つは、舌の切除により完全な咀嚼が出来なくなることです。舌のかき混ぜ運動が不十分なため、咀嚼しそこなった食塊が残り、それがノドでつかえるのです。

②もう一つは、咀嚼出来ても舌が食塊を食道に送り込む機能が不全になるためです。

 

嚥下過程

図11 誤嚥過程
図11 誤嚥過程

 

 上図は、嚥下の過程を模式的に示したものです。      

 口腔期では前舌を下げて食塊を捉え、次に前舌を上げながら中舌を凹ませて食塊を舌で包み込みます。

 咽頭期の初期では、軟口蓋を咽頭壁に接して、食塊が鼻腔に入るのを防ぎます。中期では、中舌を上げながら奥舌を下げて、食塊を更に舌根部へ押しやります。このとき、舌骨が挙上することで、喉頭蓋を下に押しやり、気管の入り口を塞ぎます。後期から食道期にかけて食道が開き広がります。 

 図では長い期間のようなイメージで描かれていますが、実際はゴクンとする一瞬の出来事です。

 嚥下過程で重要なことは、口腔期に食塊を舌によって密閉状態に包み込み、それを保持する事と、咽頭期初期の反射運動をキッカケにして、舌の動きが一種のポンプのように働いて、食塊を食道側に送り込むという点です。

 舌の一部が切除されていると、色々な困難が生じます。

 たとえば舌先のない人では、食塊が前歯と舌の端部との間に落ち込み、それを舌の上に拾い上げるということが出来なくなります。しかし舌の片側半分が残ってさえいれば、この点での支障はぐーんと低くなります。舌の切除が片側半分残っているかどうかで、相当の違いが出ます。

 一般に舌切除患者は、口腔期に容易には密閉状態を形成できないので、いくら舌を動かしてもスカスカのポンプのようになり、食塊を強制的に舌根部へ押し込むことが出来なくなります。

 舌切除患者が、食塊をノドの方に送り込めなかったり、誤嚥しやすいのは、こうした困難が生じるためです。

 しかも舌切除者は舌の運動が不完全なので、食塊をこね回して、食塊を効率よく奥歯の上にもって来て咀嚼することが出来ません。多くの人は箸を補助に使って咀嚼を助けています。こうした困難さが食事時間が長くなる原因です。

 

舌接触補助床による摂食改善

写真 舌接触補助床(上顎用、下顎用)
写真 舌接触補助床(上顎用、下顎用)

 筆者は、このような困難を解決するために、舌接触補助床という装置を上顎と下顎に装着しています。舌接触補助床は外見的には入れ歯のような装置です。

 筆者が使用している例を右の写真に示します。上顎に装着するものはPAPと略称されています。下顎に装着するものはLAPと略称されています。

 PAPは舌と硬口蓋との接触を助けるために用いられ、これを装着することにより、舌切除患者の言葉の明瞭性が改善されることが知られています。

 LAPは、前舌の大きさが足りないために、食塊が前歯と舌端との間に落ち込んでしまうのを防ぐためのものです。つまり前歯と舌端との間の空間を、あらかじめ樹脂で埋めておくことを目的とするものです。そうすることにより、嚥下過程の口腔期に食塊を密閉状態で包むようにして、咀嚼と嚥下を助けようとするものです。

 LAPの働きを下図で説明しましょう。

図12 舌接触補助床の働き
図12 舌接触補助床の働き

 

 左側の図は、LAPを下顎に装着した状態を上から見た図です。濃い灰色で示したものがLAPです。舌端と前歯の間の空間をLAPで埋めていることが分かります。

 次に左図の矢印の位置で断面を切り出したときの断面を右図に示しました。

 淡い灰色部分が再建舌です。濃い灰色部分がLAPです。もしLAPがないと、図中に赤字で示したように、舌が欠損している赤い部分に食塊が貯留します。

 しかしLAPを装着することで、貯留を防ぐことが出来ます。

 さて、手術後の筆者の舌は前方に最大でも7ミリ程度しか伸びません、その上その体積は小さくなっています。そのような舌全体を前後方向に動かすと、食塊の動きはどうなるでしょうか?

 VF検査用のレントゲン装置で映像を撮り、そのビデオを解析したところ、食塊は次のような動きをしていることが分かりました。

 舌が後方に引かれると、食塊は左側の図に赤い矢印で示した方向に動き、LAPと舌端の間に落ち込みます。そして舌は前後方向に最大でも7ミリ程度しか動かないけれど、舌背と口腔底の落差は大きいのです。それは右側の図に青い矢印で示しました。そうすると、右側の図に赤の矢印で示すように、食塊が口腔底に落ち込みます。

 今度は舌を前方に動かすと、食塊は口腔底から歯の上へと押し出されます。

 こうして食塊は、奥歯の上に導かれて、咀嚼できるようになります。これを何度も繰り返すことによって、咀嚼が進み、嚥下過程の後半へと進みます。

 ここで、もしLAPがないと、食塊は奥歯の上に押し上げられることがなく、いつまで経っても口腔底に貯留したまま、咀嚼されないことになります。

 以上がLAPを装着することによって、咀嚼と嚥下が進行するメカニズムです。

 

 (注:筆者のPAPとLAPは、大阪大学歯学部顎口腔機能部で製作していただきましたが、他の地域では大学の歯学部、あるいは歯科大学にご相談ください。)

 

発音障害の改善

図13 PAPの効果(発音の明瞭度)
図13 PAPの効果(発音の明瞭度)

 発音訓練と舌接触補助床PAP)によって発音の明瞭性が改善されるという効果は、一般的に認められています。  

発音障害のレベルは、障害者が日本語の100単音節(五十音)を発音したものを複数の人が聴いたとき、その何%を正しく聴き取れたかということで評価します。それを単音節明瞭度と呼んでいます。健常者では、殆んど90%以上の値です。

 右図は、舌部分切除(舌根部と下顎辺縁部切除)を受けた舌癌患者の事例です。図の縦軸は単音節明瞭度(%)を表しています。そして横軸は、手術後の経過月数を取ってあります。

 術後4か月後から発音訓練(リハビリ)を開始することで、1年後に明瞭度が約20%向上しています。しかしこの効果の中には、舌周辺の筋肉の腫れの減少と、食事などによって筋力が機能回復した効果も含まれており、純粋に発音訓練の効果だけとは言いきれません。ただ、それらを含めた広義の意味では、リハビリ効果と言えます。

 また2か月目から舌接触補助床PAP)を装着することで約20%の効果が出ています。筆者の場合でも約10%の効果が認められています。

 単音節明瞭度が70%以上あれば、日常生活に支障のないレベルと言われています。この患者は舌接触補助床を装着することで、そのレベルまで機能回復しています。

 

 筆者の経験からしても、リハビリ訓練は患部の腫れが引いた時点から出来るだけ早く開始するのが効果的です。

食べるときも、しゃべるときも、同じ口腔内の筋肉を使っているので、手術後の舌周辺の筋肉を鍛えるには、食事が一番有効です。

 ですから、退院後は出来るだけ早く流動食から固形食に切り替えて、残存する筋肉を出来るだけ使って、鍛えることが大切です。

 食べることの改善と、しゃべることの改善は連動しているのです。

 舌の切除領域が半分未満の部分切除であれば、発音障害も軽度で、半年程度で生活に支障ない程度にまで回復します。

 しかし半側切除になると、リハビリ訓練をしたとしても、生活に支障のないレベルにまで回復するには1~3年くらいかかります。

 筆者のように舌亜全摘出になると、リハビリ訓練を5年くらい続けて、ようやく日常会話が出来るレベルになりますが、回復したと言ってもそのレベルは十分ではなく、時々日常生活に支障が出ることは避けられません。全摘出に近くなるほど、第三者には言葉が聴きとれなくなります。

 

 

舌切除の状態(術式)と発音障害のレベル

 術式と発音障害レベルの関係については、幾つかの研究報告があります。

 ここには、下記の代表的な研究論文2編から、結果のみ紹介します。

 ①熊倉勇美,「舌切除後の発音機能に関する研究」,音声言語医学, 26,224-235,1985

 ②今野昭義他,「舌切除後の舌・口腔底再建術と術後の発音機能および 咀嚼機能の評価」,耳鼻,34,1393-1408,

1988

 

 まず、①熊倉勇美の論文からの引用です。

 下図は、舌切除範囲を示した図です。(上が舌の平面図、下が断面図)

図14 術式(切除の仕方)
図14 術式(切除の仕方)

 右図の灰色の部分が切除された領域です。

 アルファベットで書かれた型式は次のように分類されています。

A群:舌可動部の一部切除

B群:舌可動部と口腔底の一部切除

C群:舌可動部と舌根と口腔底の一部を切除

D群:舌可動部と口腔底と下顎半側を切除

E群:舌可動部の半側と舌根の一部と口腔底の全部を切除

F群:舌可動部の半側を超え、舌根の一部と口腔底の全部を切除

G群:舌可動部の半側を超え、舌根の一部と口腔底の全部と下顎半側を切除

H群:舌可動部の両側にわたる前部と下顎骨の一部を切除

I群:舌全摘、下顎骨辺縁切除、喉頭摘出

 

 上記の手術群に対する単音節明瞭度の結果を下図に示しました。

 グラフの縦軸は、単音節明瞭度、横軸は型式を表す。

図15 術式と効果
図15 術式と効果

 これらの結果を要約すると、舌の切除範囲が大きくなるほど(舌のボリュームが小さくなるほど)、明瞭度は低下します。

 舌半側を超えない範囲(A,B,C型)であれば、その明瞭度は日常生活に支障のないレベル(70%以上)にあることが分かります。

 一方、舌半側切除よりも広範囲の切除(D,E,F型)になると、平均的にレベルは低下しますが、その中でも再建術を受けた方が受けないケースに比べて、明瞭度は良好となるケースが増えます。

 さらに、舌根、口腔底、下顎、喉頭などまで切除すると(G,H,I型)、明瞭度のレベルはもう一段低下します。

 次に②今野昭義他の論文からの結果を紹介します。

図16 舌切除範囲と単音節明瞭度
図16 舌切除範囲と単音節明瞭度

 結果は上記とほぼ同じで、切除範囲が広くなるほど、明瞭度が低下します。

 また、下記の知見も得られています。

 再建術で移植する皮弁は、三角大胸皮弁<筋皮弁<遊離前腕皮弁の順に明瞭度が高い。つまり同じ再建術でも、柔軟性がある前腕皮弁を使用した場合の方が明瞭度は良好となります。

 なお、単音節明瞭度の値は、試験音声を聴く人(被験者)が、舌切除者の音声を聴き慣れていると、高い数値になることが知られています。

 上記の2つのデータは、被験者が医師・看護師などの医療者なので、一般の人に比べて高い値となっています。或る研究報告では、医療者の方が一般人より10~20%も高い値になっています。

 筆者の場合は舌亜全摘ですが、一般人を被験者としたため24%でした。

 上述のデータ値と比べると、それくらいの差が認められます。

 単音節明瞭度は70%以上あれば、日常生活に支障がないと言われています。

 以上のデータから、部分切除や前腕皮弁による再建術を受けた半側切除までなら、発音上の問題は生じないと推測されます。

 

筆者が行った発音訓練

 筆者は舌の3分の2と舌根の4分の1を切除し、さらに両頚部のリンパ節の郭清術も受けています。そのため手術直後の舌は微動すらしない状態で、術後3ヶ月ほどしてわずかに動かせる程度でした。

 しかし発音の訓練だけは早くから心掛けました。

 術後6ヶ月経過した頃には、「舌を大きく切った割りには、言葉がよく聞き取れますよ」と言語聴覚士の先生から言われました。

 そこで入院中および退院してからの、筆者の発音訓練の概要を要約しておきます。

①手術2週間後からの訓練・・・毎日5分間おしゃべりをした (3ヶ月間)

②手術後1.5ヵ月経過後から・・・言語聴覚士の指導を受けた (約6ヶ月間)

③手術3ヶ月後から・・・訓練用単語集(約2000語)を自分で作成 し、病室で毎晩訓練した

④手術後100日で退院。退院後毎晩40分の散歩中、声を出して発音 訓練を行った(3年間)

⑤自宅で物語を速く朗読する訓練を行った(毎日3分間、1年間)

⑥退院後4~6年間は、毎日昼間に1.5~2.5時間の散歩を実施。

 散歩中は「1・2・3・・・」と数字を1000くらいまでしゃべり 続けました。 実感としては、発音訓練はそれなりに効果があったと感じています。

 

参考文献(図の出典)

(1)「嚥下障害ナーシング」 鎌倉やよい編集,医学書院,2001.12.1

(2)熊倉勇美,「舌切除後の発音機能に関する研究」,音声言語医学, 26,224-235,1985

(3)今野昭義他,「舌切除後の舌・口腔底再建術と術後の発音機能および 咀嚼機能の評価」,耳鼻,34,1393-1408,

1988

(4)「解剖学講義」伊藤隆著,南山堂,2001.4.5

(5) 「イラスト解剖学」,松村譲兒,中外医社,200.2.1