舌癌患者(女性)の体験談(2) 2009.5.17

今日は感謝とリハビリと前向きの心の三つのテーマをお話させてもらいます。

病名は舌癌です。4段階の3期との事です。舌の左半分を切除していただき、左足の一部を移植していただきました。

一昨年10月頃耳の後ろから顎にかけて痛みを感じ、近くの内科に見てもらいに行きました。「風邪ですよ。風邪の菌がリンパに入ったのでしょう」と言って、「市の検診が今日までだから受けませんか」と言っていただき、心電図と採血と尿の検査をしてくださり、5日後の結果、全く異常なしとのことで、安心したのですが、耳の後ろから顎の痛みは収まらず、20日後の夜、歯に舌が当たり、痛みを感じ鏡で見ると、左の舌が「かび」が生えたように1.5センチほど白くなっていて、びっくり。

近くの耳鼻科に行きますと、大きな病院に行ってくださいとT市のT病院に紹介状を書いてくださり、MRIと組織検査をしていただいたところ、電話にて早く結果が出たので、12月10日に来てくださいとのことでした。この電話でもしかしたら「ガン」かも知れないと感じました。ここでは手術は出来ないから成人病センターに紹介状を書きます、と言っていただき、こちらに12月12日にお世話になりました。

それからいろいろ検査をしていただき、最終のCT検査が12月25日、翌26日入院、「手術時間は8時間程度、簡単な手術ではないので、年が明けて1月4日に手術をします」と言っていただき、お正月までの5日間談話室で多くの人に色々なお話を伺うことが出来、心を落着かせて手術に臨むことが出来たように思います。

手術から1週間後談話室で皆様にお礼を言ったところ、皆さんが「おー、声が出ている」と手をたたいて喜んでくださり、「心配していたよ」と言ってくださり、本当にありがたくて、感謝一杯になり、涙したものです。そして入院生活は、皆様と談話室でおしゃべりして、楽しみました。また外来で最初から診ていただいた先生と手術をしてくださった先生が違うので、一瞬「何故?」と頭に「?マーク」が浮かび、難しい手術なのかなあ?それとも・・・と、色々無駄心を出したのですが、二人の先生に診ていただけるということは、私ってとてもラッキーだったのかな、と思います。

また、余談になりますが、私の手術をしてくださった先生は、私に話をしてくださる時、必ずしゃがみこんで同じ目線になって話してくださる事がとても嬉しかったです。私の父より、「出会う人すべてが、私に必要である人であり、私を育ててくださる人だ」と聞かせてくれておりました。

遠回りしたようだけれど、すばらしい病院、すばらしい先生方、そして多くの方々の暖かなお心で支えていただき、今日まで来させていただきました。

 

次はリハビリのことですが、3週間~4週間程度の入院とのことが、3週間も経たない19日目の退院でした。2日前に鼻からのチューブをはずしていただいた後、退院と聞かされ、普通に食事も出来ないのにと不安になっておりますと、先生は「F市ですよね。お家が近いから何かあれば、すぐ来れるでしょう!」との事。

移植していただいた舌が歯の上に乗っかかって食べ物を噛むと、舌も噛むといったことで、思うように食事が出来ないのです。サプリメントなど、また舌で押さえて潰して飲み込めるもの、胡麻豆腐とか具のない茶碗蒸し、それにおいも類は、とろけるまで煮ていただき、お粥もどろどろに、うどんは2cmくらいに切って、御だしで柔らかく煮ていただきました。

我が家は嫁が食事を作ってくれていますので、気兼ねで申し訳なく面倒な事は言えず、「皆と同じでいいよ」と5ヶ月ほど経ったころ言ったのです。正直本当はいい匂いがして、皆が美味しそうに食事をしているのを見ると、羨ましくなるのです。すると、嫁が細かく切ってくれるようになり、少しずつメニューが広がり、今ではスパゲティーや生野菜の細かい軸などはダメですが、それ以外だったら、時間はかかりますが、いただけるようになりました。

入院しているとき、先生や看護婦さんより食べる事、おしゃべりする事がリハビリになると、何度も聞かせていただいておりましたが、首から顎にかけて痛み、舌はしびれ、熱いもの、辛いもの、冷たいものが舌にさわると、とても痛く、おしゃべりより、食べる事が辛かったように思います。

1年4ヶ月たった今も舌がしびれています。顎が張ったり突っ張ったりと、今でも違和感があります。違和感を忘れるため、何か夢中になれるものはないか模索しているところですが、今脳を鍛える数字パズルやクイズなど、気持ちを集中させ、舌のしびれなどを忘れるようにしています。

また声を出す練習は、朝晩一日も欠かすことなく、お経を唱えていることです。決して熱心な信者ではありません。仏様にご飯とお茶をお供えし、「リン」を鳴らすと孫3人が手を合わせてくれるのです。少しでも長く正座をさせようと思い、お経の本を開くと、上の孫が覚えかけのひらがなを読み出したのです。孫のために拝みかけたお経が今では3人の孫も学校に行き、私のリハビリのためのお経になったのです。ですが、最初は声が出なく、口パクだけのお経がかすれたり、とぎれたり、言葉にならなかったりしていました。

10ヶ月過ぎた頃だったでしょうか、はっきりした言葉になって来たように思います。この頃より、意識するようになりました。最初は人を避け、玄関にも出ず、電話にも出ることを避けていたのが、ようやく人と話すことが出来るようになりました。

 

そして前向きの心の事なのですが、息子より「お袋、癌になった事は事実で、仕方がないことだけれど、「なぜ」とか「どうして」とか過ぎた事は考えないで、今は悪い所を取っていただいて、定期的に検査をして診ていただいているのだから、先生を信頼し、再発など無駄心を出さずに、もっと明るく前向きの心で行かなければ・・・お袋が暗いと家族も暗くなる。先ずは、服装は明るい色を着るように」と、目が覚めるようなピンクの服とか真っ赤な服を買ってくれたのです。黙って聞きながら、心の中で「それくらい言われなくても分かっている」と思いつつ、家族までも暗くさせていたのならば改めなくてはならないと感じ、歌じゃないけれど「成るように成る。ケセラセラー」と心を切り替えつつ、現在進行中です。

それによって、失敗談を二つ話させていただきます。

一つ目は、1月4日の舌癌手術と同時に手術をすると声が出なくなるからと、甲状腺がんの手術を6ヶ月後の延ばし、7月16日にしていただきました。9日間の入院、術後25日目に、以前続けていた近くの歩道橋を朝6時に掃除に行ったのですが、しばらく行っていないので沢山のゴミで1時間経っても半分も出来ず、8月の暑い時、時間が経つにつれて暑くなり、車の数が多くなり、2時間余り休息もしないで頑張ったのが無理だったのか、背中が締め付けられ、胸が詰まり、のどに何かが刺さっているような痛みを感じ、息苦しく4日余り起きることが出来ず、辛い思いをいたしました。

検査をしていただき、異常なしと分かったのですが、切ったところの筋肉は固くなるそうで、うつむくと固い所で押さえられ呼吸がしにくくなるのでしょう、との事でした。無理は利かないのだと、反省しました。

二つ目は、今年2月8日、私の母が100歳と100日でこの世を去ったのです。最後まで母と一緒にと思い、二晩休まず、三日目も3時間ほどの睡眠で食事も余り取れず、その間歯磨きも2度程度。その時は何も感じなかったのです。5日後の2月12日診察日でして、病院に行き採血をしていただき、帰ってほっとし気が緩んだのか、夜になって左の歯茎から移植していただいた所が赤く炎症を起こし、痛くなり歯医者さんでいただいていた薬を塗ると収まるのだけれど、すぐ痛くなるという繰り返しでした。1日5~6回塗り、2日で痛みは収まったけれど、腫れは引かず、食事もお粥に戻ってしまいました。

身体もすっきりしない日が続き、3月19日診察日に2月の採血の結果、異常にコレステロールが高いから、内科に診てもらってくださいとの事。こちらは至急にCT検査とレントゲン検査を受けるようにと言っていただき、結果はお陰様で異常が無いと言っていただきました。内科でもコレステロールと尿酸が異常に高く、今通院をしております。

どちらの先生にも母が亡くなり、無理をした事を伝えたのですが、私の不注意により、多くの方に大変ご迷惑をお掛けしてしまいました。

いくらこだわる心を無くし、成るように成ると言っても歳甲斐もなく余りにも無謀な行動に反省しきりです。内科の先生より「環境が変わったのでしょう。規則正しい生活と毎日の運動に心掛けるように」と言っていただき、毎日歩くことに心掛けております。

この度の病気で助けていただいた命を粗末にしないこと、迷惑やご心配を掛けないこと、自分の事だけにとらわれない事、そしてこれまで多くの皆様方の暖かなお心を忘れることなく、すべての方々に感謝の心を持ち続けたいと思っております。

今日は私のつたない話に皆様の大事なお時間を頂きまして、真にありがとう御座いました。