口腔底がん患者(女性)の体験談(2) 2011.7.10

(発表者の言葉が非常に不明瞭なため、他の人に原稿を代読してもらいました)

 

 私は平成13年4月に口腔底癌で舌を5分の4切除する手術を受けました。術後10年経ち、再発もせず喜んでおります。

 口腔底癌と言っても、傷口がほとんど無く、口内炎がしみるとばかり思っておりましたが、癌が舌の下の方から奥へ奥へと進んでおり、まさか癌になっているとは思いもよりませんでした。

 平成12年7月頃、長年入退院を繰り返し、世話をしていた両親が相次いで亡くなり、歯が悪く口内炎がよく出来ていましたので、やっと歯科に通えるようになり、平成12年11月頃からインプラントの治療もするようになりました。治療中も口内炎が中々治らず、歯科医も不審に思い、平成13年2月頃歯科大を紹介され、検査を受けました。

 結果、耳鼻科にまわされ、口腔底癌と診断され、「舌から喉の部分すべて切除となり、食べ物も食べられず、話も出来なくなる」と告知されました。その時は何を言われているのか理解できず放心状態で、そのビルから飛び降りたい心境になったのを今でも鮮明に覚えております。

その後、歯科大では設備もなく、慣れた医者もいないとの事で成人病センターを紹介されました。

 診断の結果、「5段階中の4以上で、あと1ヶ月遅ければ手術は出来ない状態だった」と言われ、「今迄こういう手術は初めてで、出来る限り舌を残すようにします。悪ければ声帯も取る事になるでしょう」と言われましたが、結果舌を5分の1、声帯も残して下さり、鎖骨より下にも転移していないとの説明を受けました。すごく嬉しかったし、安心しました。手術時間13時間、舌5分の4切除、リンパ腺切除、気管切開、下腹部を口腔内移植。

 その後1週間固定され身動き出来ず、タンが詰まり切開部分から24時間中タンの除去!タンの溜まる苦しさは大変なものでした。1週間経ち、動けるようになっても、顔はむくみ、口内は腫れ醜く、部屋の鏡は布で覆って、見れないようにしておりました。首には力が入らず、頭を起こす事が出来ず、前かがみになる事も出来ませんでした。

 その後、放射線治療30回。術後4ヶ月口から何も食べられませんでした。その後口に入れたのはプリン!喉の切開部分からプリンが飛び散らなかったのに先生は驚かれ喜んで下さった事、今でも忘れません。

術後、誤飲も無く肺炎にもならなかったのは、主治医の先生が上手にして下さったお陰だと今も喜び、感謝しております。一番誤飲して肺炎になる事を心配して下さっていました。

 

 4ヶ月半で退院。放射線を受けたため、タンが上手く処理できず、2年間気管切開のまま、歯の治療の許可も出ず、流動食、マスク、マフラーの毎日!!毎日タンの処理で大変。また再発を恐れ、アガリスクも服用しました。2年経ち、気管を閉じて下さり、歯の治療も許可!インプラント再開。やっと流動食から固形物に挑戦!でも舌が5分の1しか無く、噛んだり飲んだりは出来ませんでしたので、箸が舌の代わりになり、食べ物を歯の位置に持っていき、その後飲み物で流し込む食べ方です。でも中々飲み込めず、一口飲み込むのにコップ1杯の飲み物が必要です。今も変わりありません。箸は先が細い物が良く、太いと唇に炎症を起こしました。

 それに、こういう状態ですので、風邪を引いたり、体調が悪くなると、タンが詰まり、飲めなくなり、体重が1日で2~3kg減!!また体調の良い時は高カロリーの物を食べると、1日で体重が2~3kg増!!

お蔭様で食に対する執着が強いのか、体重は維持しております。

 

 退院後3年が経った頃、病気を聞いて学生時代の友が尋ねてくれました。私を見て、顔がむくみ、顔色が悪く、言葉もわかりにくく、食べ物も食べにくい状態に泣いてくれました。泣いてくれるのは、嬉しかったですが、3年も経っているので自分なりにある程度回復していると思っていただけにショックでした。落ち込みましたが、これではいけないと思い、その友が習っている和太鼓に参加しました。

 頑張って行き始めたんですが、回りの人は私の言っている事が解らず、戸惑うばかり。健常者と違うとすごく落ち込みましたが、友の支えもあり、徐々に受け入れてくださり、今では師匠の演奏会や仲間とのお食事会、皆と行動を共にしております。6年経ちますが、発表会もあり、体力も使うし頭も使うので大変ですが、元気に過ごしております。

 これからも健康に気をつけ、自分の事は自分でするよう頑張ります。

 これからは車で一人旅をしたいなあと考えております。

 有難うございました。