中咽頭癌の体験談(3) 2015.12.20

  私の中咽頭がんは舌根の左に原発が有りました。中咽頭は重要な三つの役割(呼吸する、食物を飲み込む、正しく発音する)を持っています。中でも舌根は、食べたものを飲み込むときに奥に動き、食べ物を食道に送り込みます。と同時に誤嚥がないように気道を塞ぎます。この働きが旨くいかないと口から食事をとることが難しくなります。
 今私は口から食事を摂っていません。正確に言うと,9割は胃瘻(いろう)を使って人工栄養を摂っています。
 胃瘻というのは,下図のように胃に孔を開けて,そこからチューブを通して胃に直接人工栄養を入れることを言います。

胃瘻の形状は色々ありますが、   私の形状はボタン型バルーンです。
  この胃瘻を使って配合経腸用液(ラコールNF)とミキサー食を入れています。
 朝と夕は具沢山の味噌汁をこして、トロミをつけて飲んでいます。これが口から入れている量で、1割くらいです。昼はラコールに、バナナ、リンゴ、にんじんなどを入れジュースにして入れています。

楽しみとしての摂食は可能なので食品を口に入れて味わってから吐き出すということをしています。 唾液の出が悪いので汁気の少ない物はもちろんだめです。味覚が残っているのは幸運だったと思っています。
 昼間、外に出かける時はハイネゼリー2個と、OS―1ゼリー1個を入れます。一つ5分以内で入るので出かけるのは苦になりません。
 今、ようやくですが少し続けて嚥下が出来るようになりました。
 トロミをつけたら、もっといろいろ飲んでいいですよ、と言われていますが、食道に送り込む舌の力が弱いのでそう簡単にはいきません。
 
 こんな日常をおくるに至った過程をお話したいと思います。
2012年(平成24年)7月に中咽頭がんと診断され、8月に阪大病院に入院しました。いずれ食べられなくなるからということで治療前に胃瘻を造設しました。治療は放射線と抗がん剤の併用治療です。
 ところが、9月18日、放射線24回(4分の3)、抗がん剤を5回(6分の5)投与したところで主治医が「 放射線+抗がん剤の併用治療では、非常にめずらしいことですが、あなたには効果がまったくみられません。このまま続けても効果がでるかどうかわからないし、体へのダメージだけが更に大きくなると思うので、手術に切り替えた方が良いと思いますが、どうされますか 。」との話で,手術に同意しました。
 がん細胞には、効いていないとのことでしたが,副作用の症状はきっちり出てきました。発熱、吐き気、口からの出血などがあり、その後も痰が気持ち悪くて、しょっちゅう吐き気がするという状態でした。この時はすでに口からは食事が出来にくい状態でした。抗がん剤治療を始めてから半月後には1日3回の食事も胃瘻でしたが、発熱、嘔吐などが酷く、輸血もしました。
 その後、手術の説明を家族と一緒に3回受けました。家族は、主治医の説明から、舌根の3分の1は切除になることで嚥下ができなくなる可能性が強く、構音障害も出るという事を知り、「リハビリして回復しないのか」と聞いたところ、「 努力次第で少しは戻るかもしれないが・・・」と、悲観的な回答でした。
 その他にも、水もそのままでは飲めない、リンパ節の郭清により首が回らない、腕が肩より上に上がらないなど、説明がありました。
 私は、手術後は「食べられない、しゃべれない」と言われたことだけで頭がいっぱいで,その他のことは覚えておりません。とにかく手術は嫌だ、何か他の方法がないものかとそればかり思っていました。
 今までがんの治療に対する知識が無かったので、家族共々インターネットで病院を調べ、セカンドオピニオン制度を利用することにしました。
 部長さんからは「どこで聞かれても同じですよ」ということも言われましたが、自分で納得いくまで他の医者にも話を聞こうと思いました。
 そして、10月12日いったん退院しました。家でも普通に食べられないので胃瘻をしましたが、体が弱っているときのそれは時間が掛かり、一日中胃瘻をしているような状態でした。そこから少しずつ回復しセカンドオピニオンに行くまでに、胃瘻に頼らず口から直接食事するようにしました。
 10月30日から1軒目はカテーテル治療( 血管内治療 )の「ゲートタワーIGTクリニック」、2軒目は手術実績で有名な千葉の「国立癌研究センター東病院」、3軒目は長野県の「養生塾(帯津先生)」( これは2泊3日の合宿 )、4軒目は選択動注化学療法で名を知られた「日大板橋病院」に行きました。
 それぞれの先生方から「手術が出来るのなら、した方がいい」と言われました。最後に行った日大の先生は「 このぐらいの大きさだと食べる、喋る機能はそんなに低下しない。今の段階で病気を治すには手術が一番よい。治すチャンスが有るのに逃す手はないと思う。」と言われ、私もようやく【手術を受ける覚悟】が出来ました。1回目の退院から、約1ヶ月かかりましたが、心から「手術しかない」と思えたことが何よりでした。それにこの一ヶ月で体力も少しは回復したこともよかったです。

  さて、手術していただきたいと阪大に伝えると、「すぐには、出来ません。キャンセル待ちになります。」と言われましたが、意外に早く入院が決まり,11月末には手術をしました。12時間かかりました。担当医師の説明では、がんは無事摘出( がんの中は空洞になっていたそうで(ということは、抗がん剤は効いていたのか! )、「喉頭も残すことが出来、舌の切除部に太ももからの筋肉再建手術、左のリンパ節の郭清を行いました。)との事でした。
 手術後一晩はICU室に入りましたが、次の日から歩く練習をしました。そして、1月7に退院しました。

 いよいよ、家での胃瘻生活が始まったのですが、まだ体力のないときに入れる胃瘻からの人工栄養は、点滴と同じで、早く落とすと汗がドッと出て疲れるという状況でした。当時はほとんど食べられなかったので1600kcalをゆっくり入れていました。
 また嚥下の仕組みも全く知らず、本を初めて読み、複雑さに驚き、会う人ごとに物を食べられる事ってすごいことやで、とかを不明瞭な言葉で伝えていました。また、リハビリについては本を見て、舌を動かしたり声を出したり、頭部挙上訓練などやっていました。
 阪大から紹介してもらった阪大歯学部の「 顎口腔機能治療部 」に1月から月に1回通い、3月には「 舌接触補助床 」を作ってもらい、飲み込むときは、装着するようにしました。後日、スピーチエイド( 発音補助装置 )も作ってもらいました。
 まだこの時は、自分の舌が、なかなか動くようにはならないとは思わず、1年くらいたったら飲み込めるようになると気楽に思っていました。しゃべることも、不明瞭なりに、「コミュニケーションがとれたらいいか」と、これも気楽に考えていました。
 4月頃、息子の同僚で私と同じ頃に中咽頭癌になった人が、手術ができず、亡くなられたことを聞かされ、私は生かしてもらったのだから、もっと感謝して生きなければと思いました。
 その頃、胃ろうから入れていたのは、ラコールUF1400kcal、口からはトロミのついた味噌汁240ml、おかゆ30gくらい、ゼリー、トーフイール( 半固形化濃厚流動食 )などです。
  口からはほとんど食べられないのに、暑い8月にはルイボス茶をトロミもつけずに毎日200ml~500mlを飲んでいました。でも、診察で炎症値が上がっているとわかり、「飲み物はトロミをつけるように」と言われました。
 体重は10ヶ月で2kg増えました。体力がついてきたので、病気になる前にやっていた卓球も、5月から月に1回行くようにしました。
 でも、人間ぜいたくなもので、生かされて有り難いと思う反面、舌接触補助床を使ってもなかなか食べられない現実を「しんどい」と思う気持ちもありました。
 胃瘻を続けるのは嫌だが、胃瘻をすることで得られる生活の便利さ( 手軽に栄養がとれる、それによって元気に活動できる )が有り難く思われ、あまり食べる努力をせず、栄養をとればいいという楽な方に流されて行きました。「食べられるようになるのは、そんなに急がなくてもいいか」とも思っていました。つまり、食べられるようになる努力はあまりしていなかったということです。でも、いつも胃瘻に頼っている自分を、これでいいのかなとは感じていました。

 そのころ、二つのいい出会いがありました。ひとつは、本です。
<本のタイトル>

  (胃瘻という選択、しない選択)

(平穏死」から考える胃瘻の功と罪)                          

<著者:長尾和宏> (セブン&アイ出版)
この本には、胃瘻に関する暗いイメージしかない私の悩みの答えが載っていました。
 この本で解ったことは、胃瘻は障害のため食べられない子どものためにアメリカで開発されたということです。またALS(筋萎縮性側索硬化症)などの神経難病の患者さんにとっては「生きるために必要な胃瘻」であることです。だが終末期の高齢者の医療に対しては「必要以上の延命措置なのでは?」と言われ、「胃瘻を通じての延命が果たして良いことなのか、本来の治療といえるのか?」という重い課題を内包していると書かれていた事です。
 「ハッピーな胃瘻」とは生きて楽しむための胃瘻であり、「アンハッピーな胃瘻」とは嚥下リハビリも受けないまま入れっぱなしになっている胃瘻の事だと知りました。だから私はハッピーな胃瘻にならなければと思いました。
私がこの本の中で救われたのは「せっかく我が国にある胃瘻という優れた道具を旨く使ってハッピーな人生を全うしてほしい。胃瘻について何も知らずに頭から否定をするのはちょっともったいない気がします。」との言葉でした。後日、長尾先生にどうしても話を聞きたくてクリニックに行きました。元気をいっぱいもらいました。
もう一つは、友達に教えられて、インターネットで患者会をみつけ、参加するようになったことです。
 最初の患者会で感じたことは、(その日は舌がんの方3人、中咽頭がん1人)私は自分の状態が後遺症的には重い状態だと思いました。なぜなら私だけが胃瘻をしていたからです。また、胃瘻されてない方は食べるために相当な努力をされているのだなと思いました。それと同時に、私が飲み込みにくい理由が舌根を移植したことだとやっとわかりました。だとすると、そんな簡単に食べられる訳がないと思いました。
 その日、会長さんの話を聞くと大変な努力と強い思いで乗り越えられてきたことを知り、しかも同じ阪大歯学部に行かれていろいろ挑戦されてきたことも聞き、私は余り努力をしていないと思いました。食べられるようになる行程は本当に厳しい事だとあらためて思いました。
 それからは、音読、五十音の練習、歌を歌う、簡単な体操、空嚥下を繰り返すなど今迄の本を読み返し、新たな気持ちで訓練をし始めました。「病気が治る気功入門」(中 健次郎)のDVDを見て、毎朝40分の気功も始めました。
 その後、何回か患者会に出ているうちに、多くのみなさんが色々な工夫と努力をされて食べられていることや、話されているというのが少しずつわかってきました。まだ2年足らずの私には程遠い気がすると同時に、遠くても目標が出来たような気がしてきてやっぱり患者会に参加して良かったと思っていました。
 患者会のいろいろな体験談を聞くことで良い刺激を受け、挫折ばかりのリハビリもまたやろうという気になりました。今迄行っていた歯科医院には行く気になれなかったので、手術前に虫歯を抜いた阪大から紹介された歯科医院に行き始めました。そこには月3回程行くようになったのですが、1年後にはもうこれ以上治療できませんといわれてしまいました。
 しかし、また楽な方に流されるという気持ちも出てきて「胃瘻の本」の中で、注射器で直接管に注入するというやり方( 時間を節約するため )を1日3回やり始めました。10日目にはアクチ( 口角炎 )ができました。やはり、速くいれることは胃には負担だったようです。そこで、お昼の一回だけは注射器で入れ、朝、晩は今迄通り」点滴で入れるようにしました。一週間でアクチは治りました。今もお昼は、ラコール入りの果物ジュースを700mlほど注射器で入れています。
 ちょうど一年たった12月、阪大歯学部「顎口腔機能治療部」の診断は「内視鏡で見ると食道にはほとんど入っていない事がわかる。口蓋でふたをすることが完全には出来ていないので気道に入ってしまう。ただ、入ったものを除くための咳をして出す力はあるので、誤嚥はたいしたことはないが、ふいに気管の入り口が開くとあぶないので、トロミをつけるように」といわれました、口に入れても、ほとんど吐き出しているので、食べているとはいえない状態でした
 同じく一年過ぎた1月のCTの結果、再発の兆候はないといわれました。診断は手術してもらった先生だったので「舌はだんだん動くようになるのでしょうか?」ときくと、「さあ~。」「年だからあまりよくはならないでしょうね。」には、「そうですね。」といわれる。私がまた、「動かさないよりは動かした方がいいですよね。」には、「そういう前向きの気持ちはいいと思いますよ。」といわれ、そのあと、はっきり「誤嚥が増えると口から食べるのをやめてもらいますよ。」といわれました。先生としては、正直なところこれ以上言うことはなかったのでしょうが、それでも私は、今に食べられるようになるのだ、と内心思っていました。
 
 阪大歯学部の「顎口腔機能治療部」には、月一度通い、舌接触補助床と、スピーチエイド(発音補助装置)を使うようにしていたものの、あまり効果がみられず、ついつい使う時間がへっていきました。6月には補助床は最後の仕上げとなり、次回には使うかどうか決めましょうといわれ、半年ほど休みました。
 その休んでいる間に行った患者会の遠足(神戸のどうぶつ王国)で、胃瘻の話をしていたらしばらくして会長さんからメールがきて、今のままではだめだから(食べられないし発音も不明瞭)阪大の歯学部に行ったらどうですかといってくださったのです。私はすでに行っていて今お休みしていると伝えたものの、バツが悪かったです。補助床も中途半端だしこれではいけないと心の片隅で思っていたことをズバリ言われてしまったような気がしました。このとき、私自身が新しい気持ちでやりなおさなければと思いました。
 
 そこで、また今年の1月から月に一回通ったのですが、どうも飲み込みがよくならないし、言葉もあまり変わらないと思い、9月にレントゲン撮影をしてもらいました。その結果先生方は、「以前より飲み込めるようにはなってきていますが、補助床の効果は出ていないようです。」と言いにくそうにおっしゃいましたので嚥下用の補助床は使用をやめました。他に何等かの方法があるかを相談して、やっていこうと思います。言葉の方もまだこれからです。この12月に阪大歯学部に行き、1月から言語聴覚士の先生に見てもらうようになりました。
 今、歯の状態は一般歯医者では見てもらえなくて、阪大歯学部の「咀しゃく補綴科(入れ歯)」と「保存科(虫歯治療)」に通っています。
 
 なお、日頃健康に気をつけていることですが、体温を36度以上になるようにイトオテルミーという温熱療法を退院直後から続けています。また患者会で教えてもらったビワの葉エキスをつくり、口内炎にならないようにしています。趣味の卓球を今では週一回楽しんでいます。時々朝早く服部緑地の周りを1時間ほど歩きます。歩かない日は気功をしています。食べられなくても友達とはよく会い、会話を楽しんでいます。喋ることは一番のリハビリだと聞きます。
 最後に、まだ3年目とはいえ患者会には本当にお世話になっています。私のやっているリハビリはムラが多いのですが、患者会に参加することで、いろいろ助言をしていただき、体験談や会話のなかで元気や、やる気をもらえ有り難く思っております。またセカンドオピニオンの病院などを調べてくれた家族、入院中に色々励ましてくれた友人に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。そしてこれからも絶対食べられるようになってやる~という強い思いを絶やさないよう努力していこうと思っております。
 
 以上、とりとめのない話になりました。そのうえ言葉もはっきりせずお聞き苦しかったことと思います。聞いてくださってありがとうございました。