「口腔・咽頭がん患者会」が目指すもの

  (会長挨拶に代えて)

舌がん・口腔底がん・咽頭がん・喉頭がん・上顎がん・下顎がん・歯肉がん・歯茎がん・耳下腺がん・副鼻腔がんなどの頭頸部がんについては、他の癌ほどには知られることがありません。

また頭頸部(脳と目を除く部位)は、多くの機能を担う器官が複雑に絡みながら集まっています。多くの場合8~16時間といった長時間の手術を受けています。

それだけに手術を受けると、多くの機能障害や後遺症が残りやすい癌です。ところがそれらの器官を健常者は普段意識することがありません。

ですから、その機能を失った時のショックや心の痛みを理解したり、想像することが困難です。

手術直後にほとんどの患者さんが大きなショックを受けています。癌にかかったというショックよりも、手術直後の苦痛と、機能障害の大きさにショックを受けるのです。それがために将来への生活不安を思わずにはいられなくなり、悩みを抱え、心が動揺し落ち込むことになります。

当会の会員の話を聞いても、入院中あるいは退院直後に「自殺」を考えたり、人生を諦めた人は少なくありません。

たとえば喉頭がんで声を失った人は皆ウツになると言われています。そのため退院後に人付き合いを一切絶って、すべての人を面会謝絶して亡くなったという人の話も耳にしております。

また舌がん患者では、しゃべることや食べることに障害が出て来ます。障害のレベルの低い人でも、電話がかかって来ても電話機を取れなかったとか、食事に何時間もかけている人も居ます。

またその他の部位の場合では、複雑な手術のために顔がゆがんだ人や退院後も流動食しか食べられないという人も居ます。

こうした多くの事例を見ると、頭頸部がん患者は他のがん患者とは違った、それ特有の悩みを抱えていることが理解出来ます。

しかしその罹患者数が少ないことが、患者の不安を一層掻き立てます。たとえば頭頸部がんの中では、群を抜いて罹患率の高いのが男性の喉頭がんです。それでも罹患率は10万人に3.5人程度(1985年大阪)という低さです。当然患者の周囲に同病者を見つけることは殆ど不可能です。また家族や周囲の人も、情報不足から患者をどう慰めたり、元気付けたりすれば良いのか、戸惑うばかりです。

私たちが当患者会の6年半における活動の中から学んだことは、こうした患者の皆さんを一番勇気付ける方法は、同病の人達と接して、その姿を目で見て、そしてその体験を聴くことだということです。

いろいろな障害をもつ人が居ること、自分に比べてもっと苦労したり悩んだりしている人たちが居ることを知ることが、患者自身への一番のクスリになるのです。

他人の言葉ではなく、本人から直接聴き、その生き様を自分の目で見て、実感し、確認することが不安や落ち込みから立ち直る第一歩なのです。

先輩患者が語る体験談の言葉の中から、心の支えとなるものを引き出したり、いろいろなヒントを得たり、その生き様から勇気や元気をもらったりしているのです。

大切なことは、自分自らの力で立ち上がる意欲と勇気・元気を獲得して行っているという事実です。

このことは、私達の会員のアンケート調査にもはっきりと現われています。

出席率の高い人ほど、「とても有益だった」という声が圧倒的に多いのですが、出席率の低い人でも「患者会は無益だった」という人は誰も居ませんでした。たった1回しか出席しなかった人たちでも、ほとんどの人が「他の人の話が有益だった」と回答しています。

ある医療相談窓口の人が、「私たち医療関係者の10の言葉よりも、先輩患者の一言の方が患者の心の支えとなっている」と述べています。私達がん経験者には、とてもよく分かる言葉です。

インターネット上では、がんに関する多くの情報が流れています。

また全国あちこちで医療者による医療講演会や市民講座が幾つも催されています。しかしこれらの情報は、健康な人や、癌を告知されてから治療に入る前までの人達には貴重な情報ではありますが、すでに治療を受けてしまった患者には、空しいものでしょう。

たとえそうした情報を得たとしても、がん患者にとって、そうした市民講座や講演の中から、自分を元気づける言葉を見つけることが、どれだけあるのでしょうか?知識は増えても、心を癒してくれるものが得られるのでしょうか?

ましてやがん患者の多くは高齢者であり、パソコンなどいじれない、インターネットとは無縁の人たちです。そうした講演会の存在すら知らない人が圧倒的に多いのです。それらの情報は、多くのがん患者にまで届かないのです。

また周囲の人達(家族・友人・医療者など)からの慰めや励ましの言葉だけで、元気を取り戻せるのでしょうか?

やはり同病の先輩患者が語る体験談や生き様に触れることが、がん患者にとっては一番のクスリなのです。それらは、医療者や他の情報源からでは得られない生の体験情報だからです。

次に悩める患者を救う第二歩目は、自分の障害を隠すことなく気楽に語り合い、苦しみや悩みを共有し合える仲間をもつことです。仲間との交流を通して、少しずつ現実を理解し、心の癒しを経て、やがて種々の障害を乗り越える意欲を得て行くのです。

他の多くの患者会でも「がん患者のことは、がん患者でないと分からない」という声が多いようですが、当患者会でも会員の気持ちは同じです。或る親睦の場で誰かが「この痛みは経験者でないと分からないよね」と言うと、同席した皆が「そう、そう!」と言ってワーと盛り上がったことがありました。

どの人にも他の健常な人には分かってもらえないという、やり場のない鬱積した思いがあるのです。同じがん仲間との交流は、がん患者には第2のクスリなのです。

平成18年6月にがん対策基本法が制定され、がん患者の声を反映させるためにがん対策協議会が発足するようになってから、がん医療の進歩やがん撲滅の事ばかりでなく、がん患者にも目が向けられるようになって来ました。喜ばしい方向です。

しかし第三者ががん患者を見る目は、同病のがん患者同士の目と違って、やはり上からの目線なのです。多くのがん支援団体は、がん患者の立場からがん患者を見ていますが、それでも斜め上からの目線にしかなりません。横目線でお互いを見合えるのは、やはり同病のがん患者同士の間だけです。

最近ピアサポーターということが注目されています。

がん患者の世界に限れば、ピアサポート(ピアとは英語のpeer、つまり仲間のことです)というのは、がんの経験者(先輩患者)が自分の体験を生かして、がん患者(後輩患者)を支援するということです。そのような活動をする人のことをピアサポーターと呼んでいます。今、国の方でも委員会を作って、専門的ピアサポーター養成の具体策を検討しているようです。

ところで問題は、がんの経験者であれば、どんな癌の患者でもサポートできるのか、ということにあります。たとえば乳がん経験者が、食べる事・しゃべる事・味わう事に障害をもつ舌がんの患者をサポートできるのでしょうか?当患者会での経験からすると、それは大変困難であろうと考えています。

前述のように、医療相談担当者の10の言葉よりも、先輩患者の一言の方が患者の心の支えになるという話からも頷けるかと思います。

私たちの経験からすると、本当にサポートできるのは、同病のがんの先輩患者だけだと考えています。即ち本当のピアサポートというのは、同病のがん患者で作る患者会の中でしか実現できないと考えています。

私たちは、患者会の一番重要な役割は、先輩患者が同病の後輩患者をサポートすることだと考えています。サポートした結果、後輩患者が落ち込んだ状態から困難を乗り越える意欲を引き出し、元気になってくれるようにすることが患者会の使命だと考えています。

治療を受けさえすれば、がん患者は救われるのでしょうか?

すでに縷々述べて来たように、それだけでは救われないがん患者が大勢います。その人達を救うのが患者会の役割です。

がん患者の救済は、医療を施す医療者だけではダメで、治療後の心のケアを担う患者会があって初めて可能になるのです。

がん医療とは、がん治療だけだは終わりません。治療が終わった後の患者の心のケアの問題が続くからです。私達は、今まで声高に叫ばれて来た「救える命を救う医療」だけではなく、「助かった命を支え合うピアサポート」までを含めたがん医療こそ、本来のがん医療のあるべき姿であると考えております。

ところで当会の経験では、がん患者の気持(心の在り様)は4つの段階を踏んで変化して行くことが観察されました。

第1段階は治療当初の状態です。癌に罹ったというショックの次に、治療から来る疼痛に苦しみ、やがて将来への不安などから精神的に落ち込み、時には残りの人生に絶望感を抱く時期です。多くの人がウツになる時期です。

第2段階は、他の同病者の情報を求める段階です。同病者に会って自分の病状を訴えたいという気持ちが芽生え、それと同時に同病者と語り合い、情報を得たいと考える時期です。

しかし通常は周囲に同病者を見つけることは困難です。そのためがん患者支援団体に入会したり、がん患者サロンに入会したりする時期です。そこでは、がん患者と知り合いになり、自分の病状について「傾聴」してもらえた、そして語り合えた、という喜びがあります。

第3段階は、周囲の状況が見えて来る段階です。特にがん患者会に入会することによって、同病の先輩から体験談や生き様を見聞する時期です。先輩患者から後輩患者へ本当のピアサポートがなされ、後輩患者は自分の病状を受容し、自力で元気を回復する段階です。

第4段階は、共感し合える仲間を得て、「絆」を作る段階です。患者会活動を行うことにより、全人的お付き合いや心のふれあいを経て、お互いに相手を気遣い、労わり合う絆が生まれる時期です。そして仲間が居るということが心の支えとなると同時に仲間意識を共有して、行事などに一緒に参画するようになる時期です。会員の中から自然発生的に「皆で何か行事をやろうよ」という声が出始める時期です。この段階にまで達すると、後輩患者の世話をすることに喜びと生き甲斐を感じる人たちが生まれて来ます。ボランティア活動に携わる人達が出て来ます。

このようながん患者の気持ちの変化を考えて、当患者会では、3タイプの患者会を用意しています。

第1のタイプは、初めて患者会に入会する人達ばかりの集まりです。当患者会では「どんぐり会」と呼んで、毎月開催しています。この会は第2段階の人達のために用意した患者会です。自分の病状について「傾聴」してもらえたことに感謝する人が多いのです。

第2のタイプは、2回目以降の人達を対象に「体験談」と「勉強会」を中心にした集まりで、「ひまわり会(A)」と呼んでいます。第3段階の人達のために用意した患者会です。

第3のタイプは、お喋り会と行事の企画を語り合う集まりで、「ひまわり会(B)」と呼んでいます。お互いに顔を覚えて、語り合うのが楽しみで集まる第4段階の人達のための集まりです。仲間としての「絆」を確かめ合える場です。

「ひまわり会」は年6回開催されますが、(A)と(B)を用意することで、がん患者は精神的に回復し、生き残れた喜びと、仲間との交流に楽しみを見出しています。

がん患者会が本来目指すべきものは、がん患者を第4段階まで導くことだと考えています。「傾聴ボランティア」的側面と「ピアサポート」の側面を持つ活動です。

 

 どの疾患のがん患者にも共通してお奨めしたいのは、もし心のケアを受けたくなったら、同病の先輩患者がピアサポートしてくれる患者会を選んで、参加することです。

 当会では、同病者同士による相互扶助と自助努力を理念・使命に掲げて来ました。

相互扶助というのは、先輩患者による後輩患者のためのピアサポートによって実現されます。

 でもサポートされただけでは、勇気も意欲も中途半端なものになるでしょう。それに続く、辛さや困難に打ち勝って行く本人の努力があって初めて、自信となり、生きる意欲や勇気を見つけられるようになることでしょう。それが自助努力です。

 私たちが目指すものは、そうした患者会です。

 求めるだけの人には、きっと当患者会は居づらいものでしょう。やはり相互扶助と自助努力の患者のみが救われるのではないでしょうか?

 

 今後多くの頭頸部がん体験者とそのご家族のご支援を得て、この会を広げ、更に充実して行きたいと考えております。

平成24年2月6日

       口腔・咽頭がん患者会/頭頸部がん患者会

                会長 三木祥男

 

(当会にご協力いただいている方)

大坂府立成人病センター 

 耳鼻咽喉科部長 藤井 隆(当会顧問)

 看護師長 道平恵子 (当会アドバイザー)

 

 

大阪府立成人病センター内では、頭頸部がん患者関係の会として、喉頭癌で声帯(喉頭)を切除された方による「成喉会」も活動しておます。

 ただ、これらの患者会は主として食道発声法などの訓練の場であり、当患者会とは目的が異なっております。関心のある方は、そちらのホームページをご覧ください。